自分の人生においても、これほどまでに誰かを悲しませてしまうことはないだろう一大事をやらかしたその日、医者にはきつい灸をすえられ、そして一日の絶対安静を告げられた。
自転車のハンドルをまっすぐに保つことすらままならない帰り道。それでもお腹は空く。自分の一切を瞬時失った真夜中に、胃の中にあった物すべてを吐き出しているのだ。赤信号に立ち止まり一息つくとそば屋ののれんが目に入った。
うどんでも食べなさい。
電話口で怒られたことを思い出した。やる気のないいらっしゃい。大音量のテレビ。意気込みだけの価格。もう今日のうどんは終わったと告げられ、時計は14時を回っていることに気がつく。腰を上げて店を出る気力もない。目についた物を適当に注文する。
頭の後ろで鳴り響くテレビからメドレーのように曲が流れる。どの曲も数え切れないほどに聴いてきた曲。聴かされた曲。いつも誰かが歌っていた曲。
ほどなくして目の前に置かれたそば。注文していたのはどうやら肉そばらしい。やる気のないかまぼこを口に放り込むと、割烹着のおばさん連中が厨房から現れる。どうやら自分が本日のランチタイム最後の客。隣のテーブルに座っては三角巾を外し、一様にテレビを見上げている。
ずいぶんときれいな人なのに
まだ若いのにねぇ
悲劇を盛り上げようとするコメンテーターと、過去の数字で事件の大きさを知らせようとするわかりやすい構成。まだまだ繰り返されるヒット曲。
ただ黙々とそばをすすり、そろそろ会計のタイミングが見えてきた頃、おばさん達が一斉に声を上げる。
ああ、この曲知ってるわ
ねぇ
茶をすすり、ポケットから500円玉を取り出す。
ごちそうさま
店を出ようとして見上げたテレビの中、あの特徴的なソフトフォーカスの写真と視線がぶつかる。考える力をなくした頭の中に、そんな自分を責めるかのようなサビが入りこみ、そしてしつこく繰り返されていた。
これまでもあった何回かの負け、今日は少し負けた。いや、負けた。