嫁聴け(1998-2016)

音を触媒にした連鎖と波形を、言葉を道具に焼いたもの

INSOMNIA / 鬼束ちひろ (2001)

私の中の母は
全てという言葉を知っていて
私の中の母は
いつでも「おやすみなさいな」と
毛布を一枚手にして座る

問いかけても答えない
ただいつも
噴き出してくる棘を抜き取るために
それを手渡してくれるだけ
この顔を埋める胸が欲しいのに
「あとはあなただけなのよ」と
微笑む

空気に侵された氷のよう
溶けると粒の一つが
別れではないさよならを呟く
口元の笑みは通り透けてしまい
手を伸ばしても
布が私を囲っている
それは安らぎの拘束で
また一つあの時の褪せたおまじないで私を鎮めて
それでも動けない

涙がつたい目を覚ました
床に横たわる身体が残り
声の流れ込む耳は私のものなのに
鼓動は耳を押さえないと聞こえない
閉じこめてもう一度目を閉じて
消えていない
ねぇ、そこに座っている
あなただけは私の中で息をしていて